イタリアに移住して10年が経ちました。
あっという間の10年!特にコロナ騒動の辺りから1年1年過ぎ去るのが早かった気がしています。
私の表向きなイタリアに来た理由は、イタリア人夫と国際結婚することになったからですが、10年経った今、私がここに来た本当の意味が解った気がしています。
今回はイタリアに10年住んで解った自分自身の話しをシェアしますね。
思いっきり自分語りですが、もし読んでくださった方と共感などを通じて繋がれたら嬉しく思います。
お付き合いいただけると嬉しいです。
イタリアに10年住んで解った、私がここに来た意味
書いていることは私の勝手な分析や解釈なので、まあ、後づけでこじつけているだけな所もあるかもしれません。(笑)
ですが、現実に起こった出来事に意味は無く、自分がどう解釈するのか?によって、物事への意味は出てきますよね。
私が今、自分に感じているイタリアに来た意味は以下の3つ感じています。
・自分の中の無価値観を正すため
・14歳年下の夫と共に依存と自立を学ぶため
・実母とは別の形の愛をマンマから受け取るため
どんなことなのか、詳しく書いていきます。
自分の中の無価値観を正すため
私はコーチングを通して自分の中にあった以下のことを知りました。
・依存を毛嫌いしていた
・無価値観を握りしめていた
まったく意識をしていませんでしたが、
・仕事で身を立て経済的に自立していなければならない
・人に頼らず自分で何でも出来なければいけない
・人に迷惑をかけてはいけない
こんな感じに無意識化で感じていたようです。
まあ、これは親との関係で構築されてしまった誤った自分への認識で、多くの人が持っている事かもしれないですね。
だから、早くから一人暮らしをして、がむしゃらに仕事をしていたのですが、その裏にあったのは「そうで無ければ自分には価値が無い」ということだったんです。
日本にいる頃の私は「何でも自分で出来る人!」そんな感じでした。
ところが、イタリアに来て突然私は「何も自分で出来ない人」という現実世界に身を置くことになりました。
※「何も」というのは大げさな表現ですが、あえて使います。
とりあえずイタリアに来たばかりの頃、イタリア語が全く話せなかったので何をするにも夫や周りの人の助けが必要でしたからね。
けれど、「人に依存をしている私、価値の無い私は次第に愛されなくなるに違いない・・・」という恐れが胸の奥底に常にありました。
だから、心の中の依存を毛嫌いしている部分と無価値観への刺激が凄かったです。
☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆
10年経った今、解ったことは「たとえ何も自分で出来なかったとしても愛される」ということ。
もし何も出来ないとしても、人は私を愛してくれるんだ・・・ということを体感したんです。
私は、自立ということをはき違えていました。
そしてそれに気がつくことができたんです。
・人は何かが出来るから価値があるわけではない
・人は当たり前に元々価値がある(価値とは空気のようなもの)
・依存はあって当たり前な感情
・本当の意味の自立とは自分で自分を満たせること
・依存が悪いことで自立が良いことではなく、どちらも必要でありバランスが大切
特に、4年前に無職になったことで大きな気づきがありました。
今まで私は、仕事で身をたてることで自己価値を感じていましたからね・・・。
これらのことは日本で生活をしていたら体感しずらかったと思っています。
なぜなら、「何も自分で出来ない人」になることは日本では難しかったからです。
だから、無価値観を正すために、この場所イタリアに来たのかもしれません。
14歳年下の夫と共に依存と自立を学ぶため
私達夫婦は14歳の歳の差があります。
私が43歳、夫が29歳の時に結婚したんです。
私は自分が若い頃から、年下の男性とばかりお付き合いをしていました。(最初に結婚した相手も5歳年下だった)
恐らく、それも「依存してはならない・自立している自分で無ければいけない」という感覚が年下を選んでいたのかもしれませんね。
ですが彼も、頑張り屋さんで目に見える状態的には自立をしているかもしれませんが、精神的に自立していない人でした。
だから、お互いの依存のぶつかり合いで、有り得ないケンカを沢山しました。
今まで生きてきて、こんなに誰かに怒りをぶつけたことは無いですし、こんなに誰かから怒りをぶつけられたこともありません。(笑)
絶対、日本に住んでいる同士だったら速攻別れていたと思います。
だけど、ここはイタリア。
どんなにひどいケンカをしようが、物理的に離れることが出来なかったんです。
だから、そのたびにお互い相手に文句を感じながらも、そこから学んでいくことが出来ました。
相手の気持ちを考えたり、自分を省みたりして成長することが出来た、と感じています。(今も道半ばで日々成長中ですが・・・笑)
1番険悪になり、離婚騒動になった時はコロナ騒動中で日本への飛行機が飛んでおらず、帰れない時だったんです。
まあ、そのお陰で夫婦仲を再構築することが出来たわけなんですが、このことも「あなた達はココで魂を磨き合っていくパートナー同士なんだよ」と教えられた気がしています。
日本だったらすぐにケンカをして飛び出せる環境ですから、魂を磨き合うことは難しかったです。
だから私は逃げ出せないよう、じっくり向き合えるイタリアに来たんだなぁと感じています。
☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆
自立や依存の関係性は、子供との関係でも学んでいくことかな、と思うんです。
私の場合は子供から学ぶことも夫から学ぶために、14歳も年下の人を選んだのかもしれません。
どんな彼であったとしても、愛おしく感じるのは自分の子供に対する気持ちと似ているのかな・・・なんて。
普段は歳の差は全く感じないのですが、でも14歳って結構違いますよね。
夫のことがとても可愛いです。(笑)
実母とは別の形の愛をマンマから受け取るため
私の両親と義両親(マンマとパパ)は正反対の感じなんです。
マンマとパパのことは10年前からしか知らないので、若い時にどんなタイプだったのかはわかりませんが、
簡単に言うと、私の両親は「離れる愛」、マンマとパパは「近づく愛」と、感じています。
私の両親は何か意見や気持ちを伝えた時に、「お前の意見なんて何も正しくない!」「親に向かってなんだその口の利き方は!」と、言った感じに捉える親でした。(若い時から老人になった今も同じです 笑)
まあ、団塊の世代前後に生まれた2人、戦後ひたむきに頑張って生きてきた人たちですから、悪く言えば頑固なのかもしれませんが信念を持っている人たち、ということでもありますよね。
それに昔は親が上で子が下のような関係性は当たり前だったかもしれません。
「自分のことは自分でやりなさい」「親に迷惑をかけるな」という形で私は育ってきたわけです。
その育てられ方のお陰で、しっかりした人になった部分はありますが、でも甘えたい気持ちを抑圧して生きてきた訳です。
ところが、マンマは面倒見が良すぎるほどな世話焼きタイプ。
「イタリア人はマザコン」と言われていますが、まさに過保護すぎるほど面倒を見てきますし家族の距離がとても近いんです。
私に対しても距離が近いのですが、私は両親と物理的にも心理的にも離れて育ったので、マンマの距離感がとても違和感がありました。
それに、甘えたい気持ちをダメなことだと、抑圧したまま大人になったので葛藤が凄かったんです。(笑)
素直に甘えればいいのに、なかなか甘えられないんですよ。
なんていうのかな、好意に素直にありがとう!と言えず、遠慮して跳ね返してしまいがちでした。
けれど、この10年間で、愛を受け取ることを学んだと思っています。
それは根気強く、どんなときもこちらを見て接してくれたマンマの愛情のお陰だと思っています。
☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆~☆
ある時、私が沢山お世話になってしまったことがあったんです。
それで、「迷惑をかけてしまってごめんなさい」と謝った時、マンマに言われた一言で、号泣してしまったことがありました。
それは、「何言ってるの?家族なんだから迷惑かけて当たり前でしょ!」「迷惑かけてごめんなさい、なんて謝る方が怒るわよ!」と・・・。
ずっと、親から「迷惑をかけるな!」と言われて育ってきたので、その緊張の壁が崩壊してしまい、わんわん泣いてしまったんです。
私の両親も、私に対して愛があることは分かっています。
ただ、マンマとパパと愛の表現方法が違うだけ。
そして、私の親も受け取る愛に慣れていない人達なのかもしれません。
私は、イタリアに来てマンマとパパから違った表現の愛を与えてもらった事で、自分の中にあった欲しかった物、抑圧していたことが解りました。
それと同時に、私の親の中にもあるであろう抑圧部分もなんとなく理解することができたんです。
それは私の勝手な想像かもしれないけれど、でも、それによって両親に対して「私のことを何も理解してくれない!」と怒っていた気持ちが和らいで、私が親を理解したいと今は思っています。
とはいえ、新しく頭の中にあることと、深く過去の経験として刻まれた物とが入り交ざり、素直に表現できないことが多いです。
ですが、出来ないことはあっても、今は知っている。
だから段々と出来るようになっていくと思っています。
イタリアでマンマとパパから愛の受け取り方を学ぶためにイタリアに来たのかも、と感じています。
まとめ
私はイタリアに移住するとき、日本で所有していたマンションや家財道具、仕事関係を全て手放し、段ボール箱2つとスーツケース2つと猫2匹だけで来ました。
でも、不安な気持ちが全くと言っていいほど無かったんですよね。
今から考えると、自分のこと凄いな!と思います。(笑)
けれど、それは愛する人との新しい暮らしへの希望の想いが溢れていたからだと思いますし、その想いがあったからこそ、イタリアで素晴らしい人達に囲まれ、自分の中の心の壁を取り払っていけたと感じています。
過ぎ去った10年を感謝と共に振り返り、この先も目の前を大切にして感謝と共に楽しみながら今を生きたいと感じています。
相変わらず、思考を言語化するのが下手くそで・・・(汗)
読みずらく解りずらかったかもしれませんが、ここまで読んでくださった方がいたとしたら、
ありがとうございます♡
♡嬉しい♡